遺言書と相続税はセットで考えるべき ― よくあるズレとその対策

制度解説

相続トラブルを避けるために「遺言書を書いておけば安心」と考える方は多いでしょう。
確かに遺言書は、財産の分け方を明確にして争いを防ぐための有効な手段です。

ところが、専門家として現場に立つと「遺言書があるのに安心できない相続」に出会うことがあります。
その原因の多くは、税金の視点が抜けていることです。
遺言書は法務的に正しくても、税務上の不利や不公平を生み、結果的に家族の不満を招くことがあるのです。

本記事では、よくある「遺言と相続税のズレ」を具体例とともに紹介し、専門家だからこそできる解決策をお伝えします。
「遺言書を書けば大丈夫」と思っている方に、ぜひ知っていただきたい内容です。

はじめに

遺言書は、相続において非常に重要な役割を果たします。

  • 「誰が、どの財産を相続するのか」を本人の意思で明確にできる
  • 相続人同士の争いを防ぐ効果がある
  • 相続手続きの負担を減らすことにつながる

といった点で、多くの家庭で活用されています。
特に相続人の数が多い家庭や、自宅や事業用資産など種類の異なる財産を持っている場合には、遺言書があるかないかで手続きの難易度が大きく変わります。

一方で、遺言書には“万能ではない”側面もあります。
遺言書が定めるのはあくまで“分け方のルール”であって、税金の影響までは考慮されていないことが多いという点です。

遺言の内容通りに相続を進めても、特定の相続人に税金の負担が偏よったり、節税の特例を使えず余計な税金が発生したりすることがあります。
「遺言書がある=すべて安心」ではなく、税務の視点が抜けていると新たな不満やトラブルを招く可能性があるのです。

遺言書だけでは解決できないこと

遺言書は、相続の場面で強い効力を持つ重要な手段です。
しかし「遺言書さえあれば安心」というのは誤解です。
実務の現場では、遺言書ではカバーできない課題がいくつも見えてきます。
ここでは、代表的な3つの限界を紹介します。

税額の偏りや不公平

遺言書で「自宅は長男、預金は次男」と分け方を明確にしていても、税金の負担が平等とは限りません。
財産の評価額や税制の仕組みによって、特定の相続人にだけ多額の税金がのしかかるケースがあります。

「遺言の通りに分けたのに、税金負担は不公平」という不満が生じるのは、遺言書では税額のバランスまで調整できないためです。

節税の特例を逃すリスク

相続税には、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例など、税額を大きく減らせる制度が数多くあります。
しかし、誰がどの財産を相続するかによって、これらの特例が使えるかどうかが決まります。

遺言書で特例を意識していない場合、自宅を共有にしたため特例が使えないケースや、配偶者に十分な財産を渡さず控除を活かせないケースなど、「節税の機会を逃す」事態が実際に起きています。

納税資金の確保

遺言書は「財産の分け方」を示すものであり、相続税をどう支払うかまでは考えていないケースが大半です。
その結果、土地や建物といった換金しにくい財産を相続した人が、納税資金に困ることが起こります。

財産を受け継いだのに、税金を払うために自分の預金を取り崩すといった不満は遺言書だけでは解決できません。

よくある“遺言と相続税のズレ”事例

遺言書の内容が一見「公平」に思えても、税金の視点から見ると想定外の負担や不公平が生じることがあります。
ここでは、専門家が実際の現場でよく出会う典型的なズレを紹介します。

事例① 自宅を複数人で共有相続したケース

「公平に分けたい」との思いから、遺言書に「自宅は相続人全員で共有」と書かれていたケースです。
一見平等ですが、小規模宅地等の特例は原則“その自宅に住む相続人(配偶者は除く)が相続する場合”に適用されるため、自宅に住んでいない相続人は要件を満たさず、特例が使えません。

その結果、要件を満たした相続人のみで相続した場合と比べ、相続税を多く支払うことになってしまいました。
「平等に分けたつもり」が、税務上はかえって損につながる典型例です。

事例② 納税資金を考えていないケース

「不動産は長男へ、預金は次男へ」と指定されていたケース。
一見わかりやすい分け方ですが、不動産はすぐに現金化できないため、相続した長男が納税資金に困るという問題が起きました。

結局、その不動産を相続した長男は、自分でお金を工面してなんとか税金を支払うことに。
預金を相続した次男の方は納税資金には問題がなかったため、兄弟間で「不公平だ」という不満が生まれました。

財産の種類によって現金化のしやすさが異なるため、納税資金の確保を考えない遺言は大きなリスクになります。

事例③ 配偶者の優遇制度を無視したケース

「妻に○分の1、子どもたちにそれぞれ○分の1」という割合指定をする遺言もよく見られます。
相続税には配偶者の税額軽減という優遇制度があるため、配偶者が多めに相続した方が税金は少なくなるのが一般的です。

ただ、あまりに配偶者に偏った割合にしてしまうと、その配偶者自身の相続(二次相続)の時に税額の負担が多くなってしまう場合もあるため、二次相続も合わせてバランスを考えるのが大事なポイントでもあります。

遺言書でこのバランスが考慮されていないと、結果として税金面で不利になり、遺言の修正や遺産分割協議をやり直すことになってしまいます。

相続税の専門家だからできる視点

遺言書の内容と相続税の計算がずれてしまうと、せっかくの「争族防止」が台無しになりかねません。
では、そのズレを防ぐにはどうすればよいのでしょうか。
ここで活きてくるのが、税理士の役割です。

相続人全体の税額シミュレーション

遺言書は「財産の分け方」を示しますが、その結果として各相続人にどれだけの税金がかかるかまでは示しません。
税理士は、遺言書の案をもとにシミュレーションを行い、次の内容を事前に確認することができます。

  • 誰がどの財産を相続すると相続税がいくらになるか
  • 相続税額や税額支払い後の金融資産の受取額に偏りや不公平はないか
  • 二次相続まで含めた相続税額がいくらになるか

シミュレーションした結果、予想外の税額になるようであれば、その時点で相続の割合を変更するなど対策を取ることができます。

節税効果を考えた分け方の提案

相続税には、配偶者の税額軽減小規模宅地等の特例など、多くの節税につながる対策があります。
この対策を最大限に活かせるように、分け方を工夫することが可能です。

実際に、「自宅を誰が相続するか」「配偶者がどのくらい相続するか」で数百万円単位の税額差が生じることもあります。
単なる公平な分割よりも、トータルで有利になる分け方の提案までできるのです。

遺言書と税務申告をつなぐ調整役

遺言書の内容が税金面で不利な場合でも、税理士が事前に関わることで、相続人間の合意を踏まえた修正案や、税務と法務のバランスを考えたアドバイスができます。
こうした調整を行うことで、「法律的に有効」かつ「税務上も有利」な遺言書を実現できるのです。

遺言書を作成する際に、弁護士や司法書士に依頼する方は多いですが、税理士の視点を加えることで初めて“本当に安心できる相続”につながるといえます。
遺言は「法務」と「税務」の両方の観点から準備することが大切なのです。

まとめ:遺言書は「相続税の視点」とセットで考えよう

遺言書は、相続トラブルを防ぐための有効な手段です。
しかし、税金の視点が抜け落ちていると、思わぬ負担や不公平を生むことがあります。

  • 自宅を誰が相続するかで税額が大きく変わる
  • 預金を平等に分けても節税効果を失うことがある
  • 配偶者控除を活かせず余計な税金が発生する

こうした“ズレ”は、法律的に有効な遺言書であっても、現実には争いの火種になる可能性があります。

だからこそ、遺言書の作成には税理士の視点が欠かせません。
「法律的に正しい」だけでなく「税務上も有利」な内容を意識することで、初めて“本当に安心できる相続”を実現できると言えます。

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