遺言書を作っておけば相続でもめないと考える方は多いでしょう。
しかし遺言の内容によっては、「小規模宅地等の特例」が使えず相続税が増えることがあります。
この特例は相続税を大きく減らせる制度ですが、適用には「誰がその土地を取得し、どう利用するか」という要件があります。
そのため、遺言の書き方ひとつで結果が変わることもあるのです。
本記事では、税理士の立場から、遺言書と小規模宅地等の特例の関係をわかりやすく解説します。
節税と家族の想いを両立させるために、作成前に押さえておきたい注意点を整理しました。
遺言で“節税できる”と思っていませんか?

遺言書は「家族がもめないように」と作成されることが多いものです。
実際には、その内容が相続税の金額や特例の適用にまで影響を与えることがあります。
まずは、遺言が税金に関係する仕組みを整理してみましょう。
遺言書は「争族防止」だけでなく「税金」にも影響する
遺言書を作成する目的の多くは、「家族がもめないようにすること」です。
近年は「相続対策=遺言作成」という考え方が一般的になり、
公正証書遺言を準備する方も増えています。
一方で、「遺言を作れば節税にもなる」と誤解されているケースも少なくありません。
相続人それぞれの取得財産をあらかじめ指定すれば、無用なトラブルを防ぐことができます。
しかし相続税の計算では「誰がどの財産を取得するか」が非常に重要であり、遺言の内容によっては特例が使えなくなったり、税額が変わったりすることがあります。
特例が使えなくなるのは“書き方ひとつ”の違い
なかでも注意が必要なのが、「小規模宅地等の特例」です。
自宅や事業用の土地について相続税評価額を大幅に減額できる強力な制度ですが、要件が複雑で、遺言の指定方法ひとつで対象外になることもあります。
たとえば、次のようなケースです。
- 同居していた子ではなく別居の子に自宅を相続させた
- 自宅を売却して代金を分ける(換価分割)と指定した
こうしたケースでは、誰も「宅地を取得して継続利用していない」とみなされ、特例が適用されない可能性があります。
小規模宅地等の特例とは?制度の基本を整理

相続税対策の中でも「小規模宅地等の特例」は効果が大きく、遺言内容の違いがその適用に直結します。
ここでは、制度の仕組みと、なぜ遺言書が関係するのかを整理します。
制度の目的と概要
小規模宅地等の特例とは、被相続人が生前に居住または事業に使用していた土地について、
一定の条件を満たす場合に相続税評価額を最大80%まで減額できる制度です。
目的は、「生活の本拠地や事業の基盤となる土地を守る」こと。
相続税を理由に自宅や事業用地を手放すことがないよう、
相続人の生活の安定を支援する趣旨で設けられています。
この特例の対象となる土地は、次の4区分です。
| 区分 | 対象となる土地 | 評価減割合 | 限度面積 |
| 特定居住用宅地等 | 被相続人の自宅の敷地 | 最大80%減額 | 330㎡まで |
| 特定事業用宅地等 | 被相続人が事業に使用していた土地 | 最大80%減額 | 400㎡まで |
| 特定同族会社事業用宅地等 | 一定の同族会社に貸付けていた土地 | 最大80%減額 | 400㎡まで |
| 貸付事業用宅地等 | 貸アパート・駐車場など | 最大50%減額 | 200㎡まで |
制度の効果は非常に大きく、たとえば評価額6,000万円の自宅土地が80%減額されれば、
相続税評価額は1,200万円まで下がります。
そのため、「特例を使えるかどうか」で納税額が大きく変わるのです。
適用要件の要点
この特例を適用するためには、土地の「種類」に応じて相続人が取得した後も一定の利用を続けることが求められます。
ここが最も誤解されやすいポイントです。
(1)取得者要件
1. 相続税の申告においてその宅地を実際に取得した人であること
2. 遺言書で「誰がその土地を相続するか」を指定した場合、その人が取得者となる
3. 遺言で別居の子に自宅を相続させた場合、同居していた子は取得者ではないため、特例の対象外
(2)継続利用要件(申告期限まで)
1. 相続開始時点で同居していた親族が、相続後も居住していること
2. 配偶者が自宅を取得した場合には、継続利用の必要がない
3. 自宅を賃貸などに転用した場合は、継続利用とみなされない
つまり、「遺言で誰が取得するか」「その人が実際にどう使うか」の整合が取れて初めて、特例が適用されるのです。
遺言書が関係する理由
多くの方が見落としがちなのが、小規模宅地等の特例の適用判定は“法的な取得者”で決まるという点です。
遺言書の指定によって法的に“誰が取得したか”が決まるため、その内容がそのまま特例の適用可否を左右することになります。
たとえば、「長男が同居していたが、遺言で次男に自宅を相続させた」場合、実際に住んでいたのは長男でも、取得者は次男。
このとき特例の要件「取得者が居住継続している」が満たされず、結果的に特例が使えなくなるのです。
遺言内容で特例が使えなくなるパターン

小規模宅地等の特例は、適用できれば大きな節税効果があります。
しかし、遺言書の指定方法ひとつで、その恩恵を受けられなくなることがあります。
ここでは、実務上よく見られる3つのパターンを紹介します。
自宅を別居の子に相続させた場合
最も多いのが、「同居していた子」ではなく「別居している子」に自宅を相続させたケースです。
長男が両親と同居していたが、遺言で自宅を次男に相続させたという場合、実際に居住していたのは長男でも、法的な取得者は次男となります。
小規模宅地等の特例では、「取得者が被相続人と同居していたか、または生計を一にしていたか」が要件です。
このケースでは、別居の次男は要件を満たさないため、特定居住用宅地等としての特例が使えません。
このように、「家を継がせたい気持ち」を優先した遺言内容が、結果として節税効果を失ってしまうのです。
生前の同居状況や今後の居住予定まで確認して、誰に自宅を承継させるかを慎重に検討する必要があります。
換価分割(売却して金銭で分ける)を指定した場合
「不動産は平等に分けにくいから、売却して代金を分けよう」という遺言も多く見られます。
しかし、換価分割を指定すると、継続利用したことにならないため、小規模宅地等の特例は適用できません。
たとえば、「自宅を売却し、代金を子ども3人で均等に分ける」という遺言があると、相続税の計算上は「3人で共有相続してすぐに全員で売却した」とみなされるため、申告期限まで継続利用していないことになります。
節税を考えるなら、売却指定をする前に、特例を活かした相続方法(同居家族への承継など)を検討することが大切です。
自宅の建物と土地を別々の子に指定した場合
自宅について、次のように分けて相続させる遺言も見かけます。
建物:同居していた長男へ
土地:別居の次男へ
この場合、土地を取得した次男は同居していないため、小規模宅地等の特例の要件「取得者が居住を継続している」を満たしません。
小規模宅地等の特例はあくまでも「土地」に関する特例であるため、建物を取得した長男が住み続けたとしても、特例は使えないのです。
この事例は実務上も多く、「公平に分けたい」という意図で指定した遺言が節税効果を失う典型例です。
遺言作成前に税理士へ相談すべき3つの理由

前章で見たように、遺言の書き方ひとつで小規模宅地等の特例が使えなくなることがあります。
どのケースにも共通するのは、「取得者」と「利用者」が一致していないという点です。
こうした“想定外の失敗”を防ぐためには、遺言を作る前に税理士へ相談することが大切です。
ここでは、その理由を3つに整理してご紹介します。
特例の適用可否を事前に確認できる
小規模宅地等の特例は、家族構成や居住状況によって適用の可否が変わります。
税理士に相談すれば、「この遺言の書き方なら特例が使える」「この指定だと外れる可能性がある」といった事前チェックが可能です。
遺言完成後に気づいても修正が難しいため、作成前の段階での確認が最も重要です。
家族の“公平”と“節税”を両立できる
遺言書では「公平に分けたい」という想いが先に立ちますが、税務面では公平な分け方がかえって不利になることがあります。
税理士が関与することで、次の内容を具体的な数値で比較し、納得のいく設計を支援できます。
- 誰がどの財産を受け取ると税負担がどう変わるか
- 節税と公平感を両立する配分方法(代償分割など)
相続後の手続きまで見据えたサポートが受けられる
遺言書は作って終わりではなく、実際の相続手続きで実行されて初めて意味を持ちます。
税理士が関与していれば、申告・評価・納税まで一貫してサポートを受けられ、「特例を使える形で相続を完了させる」ことができます。
遺言の目的は“書くこと”ではなく、“家族が困らないこと”
その実現を支えるのが税理士の役割です。
節税のためではなく、“想いを形にするため”の相談を
税理士に相談する最大の意義は、単なる節税ではなく、家族の想いを守る遺言にすることです。
法的に正しくても、税務の観点が抜けていれば効果を損なうことがあります。
遺言作成を考えるときは、ぜひ税理士にも一度相談してみてください。
それが“想いを形にする最良の一歩”になります。
まとめ:節税と“想い”を両立させるために
小規模宅地等の特例は、相続税を大きく軽減できる強力な制度です。
しかし、その適用は遺言書の内容次第で失われることもあるという点を見落としてはいけません。
遺言は家族への想いを形にするものですが、同時に、税務上の「取得者」を確定させる法的な効果を持ちます。
そのため、法務と税務の視点を両立させた事前設計が不可欠です。
税理士が早い段階から関わることで、「節税」だけでなく「家族の納得」という本来の目的も実現できます。
想いをつなぐ遺言こそ、最も価値ある相続対策です。


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