「あなたの実家、不動産の名義は誰になっていますか?」
この問いに、即座に正確に答えられる人は意外と少ないかもしれません。
多くの場合、私たちは「今、住んでいる人」「最後に生活していた人」が当然その家の所有者であるという刷り込みを持っています。
しかし、法律の世界では、所有権を公に示す「登記簿」に記載された名義人こそが真の所有者です。
現実には、親や祖父母の代で相続手続きが完了せず、すでに亡くなった方(先代)の名義のまま放置されている不動産が、日本の多くの家庭で多く存在しています。
これは単なる手続きの遅延ではなく、時間が経つほど相続人の数が増え手続きが複雑化し、最悪の場合売却も活用もできない「共有状態のゴースト不動産」と化してしまいます。
本記事では、この「不動産名義放置」が家族にもたらす深刻なリスクを、具体的な事例を入り口に解説します。
そして、2024年4月に施行された「相続登記の義務化」という最新制度と、“今すぐやるべき”ことを、専門家の視点からご紹介します。
事例紹介 — 起きた問題と現実

名義不一致の連鎖
ある一家で実際に起きた問題を見てみましょう。
主人公のAさんは、長年、父親が住んでいた実家を、当然「父の所有物」だと信じて疑いませんでした。
しかし、その父親が亡くなり、遺産整理を進める段階になって、信じられない事実が発覚します。
実家の登記簿上の名義人は、なんと30年以上前に亡くなっていた祖父のままだったのです。
家族構成:
祖父(名義人・故人) 父(居住者・故人)Aさん(現在の相続人)
問題の構造:
祖父が亡くなった際、父が相続手続き(名義変更)をしないまま長年住み続けた。
その後父が亡くなり、Aさんが相続しようとしたが、その前に「祖父から父への相続」の手続きが宙に浮いた状態に。
Aさんは、父の相続だけをすれば済むと思っていましたが、実際には「祖父の相続手続き」からやり直さなければならなくなりました。
予想外の関係者:巻き込まれる親族たち
この名義不一致の連鎖が、事態を深刻化させます。
祖父の相続人には、父だけでなく父の兄弟(Aさんから見て叔父・叔母)も該当します。
すでに叔父・叔母の一部が亡くなっていれば、その子ども(Aさんから見ていとこ)までが、この不動産の相続関係者として巻き込まれてしまう可能性があるのです。
Aさん次の頭の痛い現実に直面しました。
連絡のつかない関係者:
疎遠になっていた親族や、場合によっては行方が分からない親戚まで、名義変更には全員の同意と署名・捺印が必要となる。
手続きの複雑化:
相続人の特定と同意を得るための戸籍調査や遺産分割協議が、祖父の代から現在に至るまで何十年分も必要になる。
ゴースト不動産化の恐れ
結果として、この実家は「名義変更できない」という事態に陥る恐れが出てきました。
相続人全員の同意が得られなければ、Aさんは法律上単独で名義移転(所有権登記)を行うことはできません。
この状態が続くと、次のようなことが起きる可能性があります。
1. 売却できない
不動産を処分して換金することが不可能に
2. 担保にできない
住宅ローンや事業の担保として活用できず
3. 共有状態の固定化
不動産は関係者全員の共有状態として凍結され、「ゴースト不動産」へ
「住んでいたのがお父さんだから、当然お父さんのものと思っていた」
この“当たり前”が、法律の世界では、家族を路頭に迷わせかねない大きな落とし穴となるのです。
なぜ「名義放置」が起きるのか — 背景と原因

不動産の名義放置は、特定の家庭で起こる特別な問題ではありません。
日本の歴史的・社会的な背景に根差した構造的な問題です。
「登記」が義務ではなかった
最も大きな原因は、日本では長い間、「相続登記」が義務ではなかったという事情にあります。
以前は、相続が発生しても、その不動産をすぐに売却したり、担保に入れたりする予定がなければ、「わざわざお金と時間をかけて名義変更しなくても、住んでいるから大丈夫だろう」と放置されがちでした。
「住む・使う」ことと「法的所有権」の認識にズレがある
「住む・使う」という事実上の支配と、「法的所有権」が別物であるという認識のズレもあります。
事実上の支配: 家に住み、固定資産税を払っている人
法的所有権: 登記簿に名前が記載されている人
この認識のズレが、「親の代で住んでいたから大丈夫だろう」という安易な判断を生み、名義放置へと繋がります。
名義変更をしないことで起こる問題の構造
名義変更を放置することで、問題は雪だるま式に拡大していきます。
| 放置の進行 | 発生するリスク |
|---|---|
| 相続人の範囲が広がる | 名義人(祖父)➡ 居住者(父)➡ 現実の相続人(孫世代)と、世代を跨ぐごとに共同相続人の数が増大。連絡が取れない、協議できない人が出ることで、手続きが停滞する。 |
| 不動産の流動性低下 | 名義人全員の同意が必須になるため、売却、賃貸、担保設定などがすべて不可能になる。 |
| 揉め事・トラブルの温床 | 不動産の価値が上がった際、疎遠だった親戚が権利を主張してくるなど、相続人同士の揉め事や権利主張トラブルの原因になる。 |
| 資料の散逸・承継者の行方不明 | 時間が経つことで、遺言書や協議書などの重要資料が失われたり、共同相続人の所在が不明になったりする。 |
「時間が経てば親戚が疎遠になる」「承継者がどこにいるか分からなくなる」ことの怖さは、手続きの費用や手間以上に、「解決が難しくなる」という決定的なリスクに繋がります。
制度の“今” — 相続登記義務化法案と最新の注意点

これまで任意だった相続登記ですが、このような「所有者不明土地」の増加が社会問題となったことを受け、法制度が大きく変わりました。
相続登記義務化の成立と施行
2024年4月1日から相続登記が義務化されました。
これにより、今後は不動産を相続した者は、義務として登記手続きを行う必要が生じます。
1. 義務の概要:
不動産を取得したことを知った日から3年以内に、相続登記の申請をすることが義務化されます。
2. ペナルティ:
正当な理由なく義務を怠った場合、10万円以下の過料(罰金)が科される可能性があります。
この改正は、単に「手続きが変わった」だけでなく、「放置するとペナルティの対象になる可能性がある」という、社会的な意識を根底から変えるものです。
過去の「放置不動産」への対応も重要に
義務化の対象となるのは、施行日(2024年4月1日)以降に発生した相続だけでなく、施行日以前に発生し、まだ登記されていない「過去の相続による名義放置不動産」も含まれます。
【重要】過去の相続の場合の期限:
施行日(2024年4月1日)または、相続により不動産を取得したことを知った日のいずれか遅い日から3年以内に登記が必要です。
つまり、今回のような「昔の相続を放置した不動産」は、早めの確認・対応が今まで以上に重要になりました。
義務化でも残る現実的ハードル
「義務化されたから、すぐに名義変更できる」とは限りません。
期限3年の扱い:
相続人や相続財産を巡って協議が長引く場合は、「相続人申告登記」という形で一旦義務を履行することも可能ですが、最終的には遺産分割後の登記が必要です。
行方不明の相続人:
相続人が複数いる場合や、行方不明者がいる場合、手続きが難航するのはこれまでと変わりません。
「義務だから」=「すぐ終わる」ではない点に注意が必要です。
義務化はあくまで「放置を許さない」ための法的な枠組みであり、実務的な複雑さは残ります。
だからこそ、早めの専門家の介入が推奨されます。
実務的チェックリスト — “あなたの家”でやるべきこと

相続登記義務化の時代において、あなたの実家や不動産の「名義放置リスク」をチェックし、トラブルを未然に防ぐために、今すぐやるべき5つのステップを解説します。
| チェック項目 | やり方とポイント | 注意点 |
|---|---|---|
| ① 登記簿の名義確認 | 法務局で「登記事項証明書(登記簿)」を取得またはオンラインで閲覧し、現在の名義人を確認します。「所有者」欄に記載されている氏名が、あなたの祖父や祖母など先代のままであれば、名義放置状態です。 | 取得費用は数百円〜千円程度。名義人の氏名と住所が確認できればOK。これが現実的な第一歩です。 |
| ② 相続関係者の整理 | 登記簿名義人が亡くなった時の相続関係図(戸籍に基づく)を作成します。過去に亡くなった先代の相続がきちんと手続きされていたか、潜在的な関係者(祖父の兄弟、その子どもなど)が誰かを整理します。 | 戸籍謄本や除籍謄本など、過去に遡る戸籍収集が必要になる場合があります。 |
| ③ 必要なら専門家に相談 | 名義が古い(二世代以上前)、不明な相続人がいる、承継者が多数/疎遠、行方不明といった複雑なケースは、迷わず司法書士や弁護士に相談を検討します。 | 初回無料相談を活用し、現時点での状況の「深刻度」を把握するだけでも効果的です。 |
| ④ 遺産分割協議書・遺言を検討 | 将来のさらなるトラブルを防止するため、誰が不動産を承継するのかを明確にした遺言書を作成するか、相続人全員で遺産分割協議書を作成・実行します。 | 協議書や遺言書は、法的な要件を満たさなければ無効になるリスクがあるため、専門家の関与が望ましいです。 |
| ⑤ 早めの行動 | 義務化後は放置のリスクもあるため、「先延ばしは最大のリスク」と認識します。相続発生後あるいは名義不一致に気づいた時点で迅速に対応します。 | 義務化の期限が迫っている場合、「相続人申告登記」という形で、まず義務の履行だけを一時的に行う方法もあります。 |
特に、①~③はハードルが低く、すぐできる“現実的な第一歩”として、まずは名義を確認することから始めるのが重要です。
もし“放置状態”だったら — ケースごとの対応シミュレーション

ここでは、名義放置が発覚した場合のケース別の対応策と、読者が取るべき行動ステップを解説します。
ケース A:相続人が全員健在のケース
【状況】
亡くなった名義人(祖父)の配偶者(祖母)と、直系の子ども(父、叔父・叔母など)は全員健在で、連絡も取れる状態。
【やるべき手続き】
| 相続人の特定 | 祖父の戸籍を収集し、相続人全員(配偶者とすべての子)を特定。 |
| 遺産分割協議 | 相続人全員で集まり、不動産を誰が単独で相続するか、あるいは売却するかを協議。 |
| 相続登記申請 | 協議の結果に基づき、不動産の所在地を管轄する法務局に登記を申請。 |
【注意すべきポイント】
比較的スムーズに進められるケースです。
相続人全員の同意と協議書があれば対応可能。
専門家に依頼せず、自身で手続きすることも可能です。
ケース B:相続人の一部が既に死亡や行方不明のケース
【状況】
亡くなった名義人(祖父)の子どもや、さらにその孫(現存の相続人のいとこなど)の一部が既に死亡、あるいは所在が不明。
【やるべき手続き】
| 複雑な戸籍調査と相続人調査 | 死亡した相続人の「代襲相続人」(孫やひ孫など)まで、網羅的に戸籍を遡って調査する必要がある。 |
| 専門家への依頼 | 相続人が多数または複雑なため、司法書士に相続人調査から遺産分割協議書作成、登記申請まで一括で依頼することが事実上必須。 |
| 行方不明者への対応 | 行方不明の相続人がいる場合は、「不在者財産管理人」の選任を家庭裁判所に申し立てるなど、さらに複雑な手続きが必要。 |
【注意すべきポイント】
前の章で紹介したような「ゴースト不動産化」のリスクが最も高いパターンです。
時間が解決してくれることはなく、費用はかかっても、専門家の力で早期に解決を図るべきです。
ケース C:遺言があったが名義変更していなかったケース
【状況】
祖父が「この家は長男に相続させる」という有効な遺言を残していたが、名義変更(登記)はしていなかった。
【やるべき手続き】
| 遺言の検認 | 自筆証書遺言の場合、家庭裁判所で「検認」の手続きを行う(公正証書遺言の場合は不要) |
| 相続登記申請 | 遺言書を添付し、遺言の内容通りに単独で登記を申請する。 |
【注意すべきポイント】
遺言があっても名義変更の登記がされていなければ、第三者に対して所有権を対抗できない可能性があります。
遺言書があれば名義変更をスムーズにできますが、「遺言+登記」がセットで初めて機能することを再認識する必要があります。
まとめ
多くの家庭で“先代の名義のまま放置”という状態は、意外と「当たり前」かもしれません。
それは長年の法制度と、人々の「住んでいる=所有者」という認識のズレが生んだ、構造的な問題です。
しかし知っておくべき法律の現実は、「住んでいる」、「使っている」=「所有者ではない」ということです。
「相続登記の義務化」という制度変更により、放置はもはや“将来的なリスク”ではなく、“法的なペナルティの対象になりうるリスク”へと変化しました。
大切な家族の資産を守り、未来のトラブルを回避するために、まずは次の3ステップから始めてみましょう。
- 不動産の名義を確認する
- 不明点があれば専門家に相談する
- 将来のために早めに行動する

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